"Moonlighting" 2018 © Ryan Gander Courtesy of TARO NASU

ライアン・ガンダー「Moonlighting」
2018. 5.19 - 6.16

ピカソと僕

「僕は長年ピカソのファンだったけれど、それは彼の作品に対してというよりむしろ、メディアが伝える彼自身、彼の自己認識のあり方に対してだった」

昨年、刊行されたライアン・ガンダーの新しい作品集「Picasso and I ピカソと僕」(Remai Modern 2017)は、ガンダーがこれまでも様々な方法で試みてきたアーティスト神話についての最新の考察である。

20世紀美術史の巨星パブロ・ピカソ。
写真家をそばにおいて自らの日常生活を記録させることに熱心だったともいわれる彼の人生は、「アーティスト」という存在についての、いわば概念の活人画だったのだろうか。虚構のイメージが実人生を超越する瞬間、虚構が真実を超克し一人歩きを始める瞬間になにが起きているのか。406枚のドローイング作品と漫画作品そして壁紙から構成されるガンダーの新作展は、この問いかけから始まった。上述の作品集に所収の406枚のドローイングは、ガンダーがピカソ作品の有名なイメージを模倣したもの。ピカソ作品の特徴を的確にとらえるガンダーの優れたデッサン力に瞠目すべきか、あるいは誰が描いてもそれらしさが出てしまうほど強いピカソのユニークさにあらためて驚嘆すべきなのだろうか。ひとめでそれとわかる個性的な作風を確立した伝説のアーティストは、ピカソブランドというアイデンティティの創造にかんしても天才だったのである。

「この作品はピカソに対する批判や否定なんかじゃない。僕がやろうとしているのは、ピカソ本人によって不朽のものとなった現象、つまりピカソのペルソナが彼自身の作品を超えてしまうというその仕組みそのものを理解しようとすることなんだ。その過程で、もし僕が少しでも理解できるようになったとしたら、それは僕にとっては成功したってことだと思う。そしてピカソの作品はこれまで通り世界中に愛され続ける。」

インターネットやソーシャルネットワークの世界的普及が、一瞬にして「普通の人間」を「特別な人間」に変身させる現代において、個人の自己認識のあり方はかつてない試練にさらされている。それはアンディ・ウォーホルの予言すらもはるかに超えて、現代人のペルソナを未知の領域へと連れ去ろうとしている。ガンダーの新作はピカソという伝説的アイコンを通して「自分を自分たらしめるもの」とはなにかを問いかけている。