「pool」
写真にうつった月を、太陽だと思いこんでいた。それが太陽ではなく月だと知ったとき、日の光と月の光が同時にある、という光景がおぼろげにうかんだ。
19世紀のイギリスで発明された青く美しい写真の古典技法サイアノタイプ。写真の草創期に生まれたこの技法を使い、月の光で撮った写真を日の光で焼きつけることにした。
満月が近づいて夜が明るくなると撮影に出かけ、人工光の届かない場所をえらんで三脚を立て、ネガフィルムを入れた6×9判のカメラをとりつけ、シャッターをひらいて数十秒から数十分間、月明かりのもとで露光する。現像したフィルムをスキャンしてPCにとりこみ、反転させた画像をデジタルネガフィルムに出力し、サイアノタイプの溶液を塗って乾かした和紙のうえに重ね、2枚のガラス板の間にはさんで、昼間の太陽光にさらす。日の光をうける印画紙の表面が、黄色から緑、青、金色、そしてわずかにピンク色へと変化する。反応が終わったら水のなかへ入れて現像し、半日かけて水洗する。 できあがった写真には、月の光と日の光をあびた青い風景がうかぶ。月光と日光が同時にある。月と日は、月日、つまり時間。月が出て、沈んで、日が出て、沈んで。そのくり返しが時間なのだとしたら、月と日が現れも消えもせずただそこにある写真のなかに、時間はない。時間そのものであり、無時間。時で満ちみちて、時をもたない写真。
−高木こずえ

2025年5月16日よりTARO NASUでは高木こずえ新作個展を開催いたします。

高木は、写真という概念に常に新しいアプローチを試み、そのアプローチに適した技法を模索してきました。今回、彼女が挑戦したのは、19世紀に発明されたサイアノタイプと呼ばれる古典技法です。サイアノタイプとは、通称青写真とも呼ばれるもの。紫外線に反応する塗料を施した用紙を感光させ、像を定着させる写真方式です。太陽光で感光させる手法が一般的ですが、高木は、太陽ではなく月によって感光させた写真をデジタルネガフィルムに印刷し、そのネガフィルムをサイアノプリントの紙に重ねてから太陽光に晒すという方法を選択することで、連続する時間の表現にこだわったと語っています。月光によって撮影した像を太陽光に晒すという、高木が選択した制作過程は、彼女が一貫してこだわり続けてきたイメージの変換とその変換によって生じる意味の変遷が、この新シリーズでも自身の問題意識として通底していることの表れに他なりません。画廊での約6年ぶりの個展となる今回は合計36点の作品を一堂に展示し、夜の風景のなかに浮かび上がる時間の流れを可視化しながら、「いま、ここ」の証人としてではない、もうひとつの写真のあり方について問いかけます。

展覧会とあわせて、今回の展示作品を収めた高木こずえの新しい作品集『pool』が赤々舎より刊行されることになりました。全国の書店、赤々舎のHPよりお買い求めください。

高木こずえ作品集『pool』
A5 変型 112 ページ 上製表紙
予価 4,950円 (税込)
発行 赤々舎
http://www.akaaka.com/